0.はじめに
本記事は、note連載「2026年版『稼ぐ力』強化戦略×経営OS」の12日目、中小企業の10億宣言を、実務に落とし込む回です。考え方の全体像は、note本編をご覧ください。ここでは、自社で手を動かすための、具体的な手順を扱います。
最初に、一点だけ確認します。10億宣言は、国が2026年度の創設に向けて詳細を検討している、仮称の支援スキームです。対象は、売上1億円から10億円未満の、成長志向の中小企業と見られ、地域金融機関などの伴走支援を前提に設計されている、とされています。まだ検討段階の仮称であり、内容は今後変わります。活用を考える時は、その時点の最新情報を確認してください。本記事はこの国の方向性を出発点に、自社で10億円を目指すための実務を、経営OSの観点から整理するものです。
1.まず、自社が今、どの段階にいるかを点検する
10億円への道は、規模によって、打つ手が変わります。まず、自社の現在地を確かめてください。判断の目安は、売上規模です。ただし、この数字は本シリーズや国の概念上の目安であり、業種や事業構造で前後します。
売上3億円、あるいは5億円以下の段階。ここでは、複数の事業に手を広げるより、今の一つの事業を、確立しきることが先です。点検すべきは、自社の主力事業が特定の取引先や、特定の個人に頼りきっていないか。一つの柱が安定して稼ぎ続ける形に、仕上がっているか。ここが固まる前に、次の事業へ動くのは、早すぎます。
売上5億円から7億円の段階。ここで、10億円を視野に入れるなら、今の事業を土台にしながら、二つ目の柱を徐々に育て始める時期に入ります。点検すべきは、一つ目の事業が、社長が手を離しても回る程度に、仕組み化できているか。二つ目に着手する余力が、人と資金の両面で、あるか。
売上7億円から10億円、そしてその先。複数の事業を、それぞれ本格的に展開する体力が、生まれてくる規模です。ここでは、事業のポートフォリオ全体を、どう設計するかが、問われ始めます。
自社がどの段階かで、次の一手は変わります。背伸びをして上の段階の打ち手を急ぐと、資源が分散し、足元が崩れます。逆に、十分な体力がついたのに一つの事業に閉じこもり続けると、次の成長の機会を逃します。大切なのは、現在地を正しく把握して、その段階に合った一手を、選ぶことです。判断に迷う時は、売上の数字でなく今の事業が社長抜きで回るか、次に投じる人と資金の余力があるか、という実態で見極めてください。
2.「いろいろやっています」を、点検する
中小企業の社長で、色々やっています、と語る方は少なくありません。一見たくましく見えますが、その中身を冷静に点検する必要があります。
確かめるのは、複数の事業がそれぞれ本当に利益を生んでいるか、になります。手がけている、というだけで、実は赤字、あるいはほとんど利益が出ていない事業を、抱えていないか。複数の事業に社長の時間と、限られた資金と人材が薄く分散していないか。本来なら、一点に集中すれば突き抜けられた力が、薄まっていないか。
もし、資源が乏しいのに複数に分散しているなら、それは、強さでなく弱さの兆候かもしれません。中小企業の最大の武器は、一点への集中です。大手や中堅が、規模ゆえに手を出せない、狭く深い領域で、誰にも負けない強みを作る。これが、中小企業の勝ち筋です。点検の結果、総花的になっていると気づいたら、何を続け、何をやめるかを、決める。捨てる判断こそが、攻めの戦略です。
3.器を、一枚の設計図に描く
10億円という数字を、直接追いかけてはいけません。先に作るのは、その数字を支える器です。中小企業の器とは、確立された一つの強みと、それを回す単層の統合OSの二つです。
この器を計画的につくるために、一枚の設計図を描きます。中堅企業のような、分厚い経営計画書は要りません。社長が、紙一枚に、次のことを書き出すだけで、十分です。3年後、5年後に、自社は、誰に、何を届けて、どのくらいの規模になっているか。そのために、今の事業を、どう深めるか。一点の強みを、どう育てるか。社長への依存を、どこから解いていくか。
ここで、区別を一つ。この設計図は、補助金の事業計画書でも、投資計画書でもありません。自社が、どこを目指すのかという、経営そのものの設計図です。10億宣言の支援を受けるために、何らかの計画書を出す場面が来ても、この経営の設計図から出発したかどうかで、中身の質が変わります。制度のために書くのでなく、経営のために描いた計画が、結果として、制度の要件も満たします。順序を、取り違えないでください。
そして、この一枚には、もう一つの効用があります。社長の頭の中だけにある構想を、紙に出すことで、それを、幹部と共有し、検証できるようになる。中小企業の弱点は、全てが社長の頭の中にあり、誰にも検証されないことでした。一枚に書き出せば、その方向で本当に良いのか、抜けはないかを幹部と議論できます。立派な文書でなくて構いません。手書きの一枚でも、頭の外に出すことが、第一歩です。
4.四つのトレードオフを、どこで采配するか
器をつくる過程で、社長はいくつかの判断を迫られます。中小企業で効く、四つのトレードオフを、整理します。いずれも、部門間でなく、社長一人の頭の中で起こります。
第一に、集中と分散。中小企業は、原則として、集中に大きく振ります。一点を、まず突き抜けさせる。二つ目を考えるのは、一つ目を確立しきってからです。
第二に、今の事業と、次の柱。早すぎれば、一つ目が固まる前に、資源が分散する。遅すぎれば、次の機会を逃す。5億円から7億円で、一つ目を土台に、徐々に二つ目を、というのが目安になります。
第三に、社長の馬力と、仕組み化。馬力で走りながら同時に、その馬力を、少しずつ仕組みに置き換える。今すぐ全部を仕組み化する必要はありません。しかし、馬力で押し切れるうちに、次の仕組みを仕込んでおく。
第四に、攻めと、現金。先行投資が必要な場面でも、最悪の場合に現金が尽きてしまわないかを、必ず確かめる。守りの数字を握っているから、安心して攻められます。中小企業にとって現金は命綱であり、一つの投資の失敗が、即、存続に関わるからです。
これらの判断軸を、社長が明確に持っているか。そして、その軸が、思い込みに陥っていないか。ここが、采配の質を、決めます。
5.単層の統合OSを、回し始める
中小企業の統合OSは、社長と少数の幹部で回す、単層のものです。これを回し始める、具体的な一歩は、月に一度少数の幹部と、数字を見て、判断の理由を共有する場を持つことです。
社長が、なぜこの価格にするのか。なぜこの投資を見送るのか。その理由を幹部が理解していれば、社長が不在でも、同じ判断軸で、現場が動けます。これが、単層の統合OSが、回り始めた状態です。あわせて、社長個人に集中したものを少しずつ、外に出していきます。判断基準を言葉にする。主要な顧客との関係を、若手と引き継ぎ始める。
社長にしかできなかった仕事を、手順にする。完全に属人性をなくすという必要はありません。しかし、社長が一週間いなくても会社が止まらない状態に少しずつ近づける。それが、いざという時の備えになり、将来の選択肢を広げます。
この場は、最初から完璧を目指す必要はありません。月に一度、主要な数字を、幹部と一緒に眺める。それだけでも、社長一人で抱えていた判断が、共有され始めます。回数を重ねるうちに、幹部が、社長の判断軸を、自分のものとして使えるようになる。単層の統合OSは、こうした地味な繰り返しの中で少しずつ形になっていきます。立派な会議体や、分厚い資料は要りません。社長の頭の中を信頼できる少数と分かち合っていく。その積み重ねが、器になります。
6.10億の先を、どう考えるか
最後に、10億円をどう位置づけるかを、決めておきます。10億円は、二重の意味を持ちます。中小企業としての、一つの完成形であると同時に、その先、中堅企業、100億円への、基礎段階でもあります。
ここで質を高め続ける道も、立派な経営です。すべての会社が、その先を目指す必要はありません。一方、その先を見据えるなら、10億円に近づく過程で二つ目の柱の芽や、社長依存を解く仕組みを、意識して育てておく必要があります。同じ10億円を目指すのでも、その先をどう考えるかで、今、何に手をつけるかが変わります。だから、3で描いた一枚の設計図に、自社は10億円の先を、どう考えるのかを、書き込んでおいてください。
ここまでの作業を、社長一人で進めるのは、簡単ではありません。中小企業には、社長の判断を検証する仕組みが、社内に乏しいからです。国の10億宣言も地域金融機関などの伴走支援を、前提にしています。本気で10億円を目指すなら、外部の視点を、経営に組み込む。それは、社長の代わりに決めることではなく、社長一人では持ちにくいもう一つの視点を、経営に加えることです。
私は、独立以来10年1,000社を超える中小企業の現場に立ち会ってきました。その経験から言えるのは、10億円という規模を、社長がたった一人で器を整えながら越えていくのは、極めて難しい、ということです。足踏みするのは、能力の問題ではなく、検証する相手を持たない、という構造の問題です。次回は、規模別の最後、小規模事業者が、1億円という最初の壁を越える実務を、見ていきます。
本シリーズの個別相談は、原則として設立3年以上・従業員10名以上を目安にしています。ただし、現金OS・原価OSが動いている、成長志向の小規模事業者については、従業員5人前後から相談をお受けします。伴走型支援を希望される場合には、ぜひ、お問合せフォームよりご相談ください。