0.はじめに
本日のnote記事では、3月2日のイラン情勢・緊急解説で警鐘を鳴らした「原油関連・資材の供給不足と価格高騰」が、40日後の今、現実のものになっていることをお伝えしました。
このブログ記事は、その実務編です。「状況はわかった。で、今日から何をすればいいのか」 この問いに対して、地政学×意思決定シリーズや、3月2日の緊急解説で提示した対策フレームとの整合性を踏まえ、今すぐ着手できる7つの実務対策を解説します。
なお、以下の対策は「今回のイラン情勢」に限定した一時的な対処法ではありません。地政学×意思決定シリーズ(4月1日~7日)で繰り返し述べた通り、エネルギー・原材料の供給不安は中東に限らず、どの地域・有事でも繰り返し発生する構造的リスクです。
今回の対策を「一回限りの応急処置」で終わらせず、自社の経営OSに恒久的に組み込むことを前提にお読みください。
1.原価構造の「現状」を数字で把握する ── すべての対策の出発点
最初にやるべきことは、対策ではなく、「現状の数字の把握」です。多くの経営者は、原油やナフサの高騰がニュースになると「うちも影響あるかもしれない」と感じます。しかし、「影響がある」と「具体的にいくらの影響か」は、まったく別の話です。
まず、自社の仕入品目のうち、石油・ナフサ由来の原材料が、どれだけあるかを棚卸ししてください。ナフサはプラスチック、包装フィルム、合成繊維、塗料、接着剤、合成ゴム、断熱材、塩化ビニール管など、あらゆる産業資材の上流原料です。「うちは石油とは関係ない」と思っている企業でも、仕入品目を1つずつ辿れば、石油由来の素材がゼロということはまずありません。
次にそれらの品目が10%、20%、30%値上がりした場合に、粗利率がどこまで下がるかをシミュレーションしてください。地政学×意思決定シリーズの3日目で解説した、「原価のトップ3にIF-THENを書き込め」とは、まさにこの作業のことです。粗利率20%のビジネスで原価が10%上がれば、利益はほぼ半減します。これは、恐怖を煽っているのではなく、小学生レベルの算数です。この算数を「今日」やるかどうかで、1ヶ月後の経営判断の精度が変わります。
ここで重要なのは、「正確な数字」を出すことではなく、「おおよその影響範囲を経営者自身が把握すること」です。精緻な原価計算は経理担当等に任せるとしても、「うちの粗利率は原材料が○%上がると、だいたい、○%まで落ちる」という感覚を、経営者が持っているかどうかが、有事の意思決定速度を決定的に左右します。
2.価格転嫁の「ルール」を事前に設計する ── 感情ではなくOSで動く
原価が上がったとき、最も多くの経営者が躊躇するのが「価格転嫁」です。「取引先に悪い」「他社もまだ上げていない」「値上げしたら離れてしまう」── こうした感情的な理由で値上げを先延ばしにするケースは、1,000社以上の支援現場で数えきれないほど見てきました。
しかし、有事下において価格転嫁を遅らせることは、「自社を赤字にする権利を取引先に無料で譲渡している」のと同義です。これは経営判断ではなく、経営の放棄です。
ここで必要なのは、値上げの「交渉術」ではなく、値上げの「ルール」をOSとして設計しておくことです。
具体的には、原油価格や為替レートが一定の水準を超えた場合に、自動的に価格改定の検討に入るという社内ルールを定めてください。たとえば「ドバイ原油が1バレル○ドルを超えた月の翌月末までに、全取引先に対して○%以上の価格改定を提示する」「為替が○円を超えた時点で、輸入原材料の調達コスト再計算を、経理に指示する」── こうしたIF-THENを経営者の「その場の気分」ではなく、あらかじめ定めたルールとして契約書や見積書に組み込んでおくことが重要です。
中小企業庁と公正取引委員会が公表している「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」でも、発注者側に対して、受注者からの価格交渉の申し入れに対し協議を拒否することが明確に問題視されています。2026年1月に施行された取適法(旧下請法)でも、「協議を適切に行わない代金額の決定の禁止」が規定されています。すなわち、適正な価格転嫁の交渉を行うことは、法制度の趣旨とも合致しています。
ただし注意していただきたいのは、値上げの「根拠」を数字で示せるかどうかです。「原油が上がったので値上げします」では取引先は納得しません。「当社の原価構造において、○○品目が○%上昇し、粗利率が○%から○%まで低下しています。このまま据え置くと○ヶ月後に赤字転落します。つきましては○%の価格改定をお願いしたい」── この「算数による説明」ができるかどうかが、価格交渉の成否を分けます。だからこそ、1つ目の「原価構造の把握」が先に来るのです。
3.調達先の「二重化」を始める ── コストより供給の継続性を優先する
地政学×意思決定シリーズの4日目で、「80:20の調達分散を、今日から始めよ」と解説しました。これは今まさに、最も実行すべき対策です。
現在、ナフサの国内在庫は約20日分とされ、アジア全体で中東からのナフサ供給が滞る中、米国産ナフサの争奪戦が起きている状況が報じられています。高市首相は国内需要の4ヶ月分を確保している、としていますが、一部の石油化学製品については、供給の目詰まりが解消されていないと各種報道で指摘されています。
こうした局面で最も脆弱なのが、「特定の仕入先1社に主要資材の大半を依存している」という調達構造です。その1社が供給を止めれば、あなたの事業も止まります。
今日やるべきことは、主要な仕入品目について、「もしメインの仕入先が供給停止した場合、代替はどこから調達できるか」をリストアップすることです。代替先の品質やコストが多少劣っていても構いません。有事において重要なのは「最安値」ではなく、「供給が途切れないこと」です。
すでに代替先の目処がある方は、今のうちにサンプル発注や見積もり依頼を出しておいてください。有事が深刻化してから代替先を探し始めても、代替先もすでに供給が逼迫しています。動くなら今です。
なお、調達先の二重化には、当然ながらコストが増加します。このコストを、「無駄な支出」と捉えるか、「事業を止めないための保険料」と捉えるか。この認識の違いが、有事を生き残る企業と退場する企業を分けます。
4.金融機関に「先手」で相談する ── 追い込まれてからでは遅い
3月2日の緊急解説で「金融機関との早期対話」を強調しました。これは、多くの経営者が最も後回しにしがちでありながら、最も効果が大きい対策の1つです。
金融機関に相談すべきタイミングは、「お金が足りなくなってから」ではありません。「このままの原価高騰の推移が続くと、○ヶ月後にキャッシュが○万円不足する可能性がある」というシミュレーションを持参して、資金需要が顕在化する前に面談することが重要です。
これは地政学×意思決定シリーズの5日目「手元資金の生存月数を計算せよ」で、詳しく解説した内容です。生存月数とは、今ある手元現金で、仮に売上が○%落ちて原価が○%上がった場合に、あと何ヶ月会社を維持できるかを示す指標です。この数字を金融機関に見せられる企業と見せられない企業では、融資交渉の進み方が全く違います。
金融機関は、突然「緊急でお金が必要です」と駆け込んでくる経営者よりも「3ヶ月後にこういうシナリオが想定されるので、今のうちに相談させてください」と来る経営者を、はるかに高く評価します。なぜなら、後者は経営の見通しを数字で持っている ── つまり、返済計画も論理的に立てられる経営者だからです。
今週中にやるべきことは現状の資金繰り表を更新し、原材料費が10%、20%上がったシナリオでの月次キャッシュフローを試算し、その結果をメインバンクの担当者に共有することです。相談の結果、融資が必要になるかどうかは、別の話です。重要なのは「先手で対話している」という事実そのものが、金融機関からの信頼を地道に積み上げるということです。
5.取引先と「最悪シナリオ」を共有する ── 沈黙は最悪の戦略
原価が上がり、供給が不安定になっている局面で、取引先(特に販売先)に何も伝えないのは、最も危険な戦略です。
多くの経営者は取引先に対して「原価が上がって厳しい」と言うことを、「弱みを見せること」だと考えます。しかし、有事下ではむしろ逆です。原価高騰と供給不安が業界全体を覆っている今、「うちは大丈夫です」と沈黙を守る企業は、取引先から「本当に大丈夫なのか。むしろ何も見えていないのではないか」と疑われるリスクがあります。
取引先に共有すべきは、「うちも影響を受けているが、このような対策を講じている」という情報です。具体的には、原価構造への影響度、代替調達の検討状況、価格改定の可能性とそのタイムライン、納期への影響見通し─ これらを率直に伝えることで、取引先は「この会社は状況を把握し、対応している」と判断できます。
地政学×意思決定シリーズでは、「うちは大丈夫が、最も大丈夫ではない」にて解説した通り、有事において沈黙は信頼の棄損を招きます。先に情報を出し、対話を始めた企業だけが、取引先との関係を維持しながら、価格転嫁や納期調整の協議に入ることができるのです。
6.「止める業務」を先に決めておく ── 全部守ろうとすると全部失う
原価高騰と供給不安が深刻化した場合、すべての事業・すべての商品を、従来通り維持することは不可能になります。そのとき、「何から止めるか」を、事前に決めているかどうかが、生死を分けます。
ここでやるべきことは、自社の全商品・全サービスを「粗利率」と「供給リスク(主要原材料の調達安定性)」の2軸でマッピングすることです。粗利率が低く、かつ原材料の供給リスクが高い商品は、有事下では、最も早く「赤字製造機」になります。こうした商品を事前に特定し、「粗利率が○%を割った時点で販売停止する」というIF-THENを設定しておきましょう。
「止める」という判断は、経営者にとっては、最もつらい意思決定の1つです。しかし、すべてを守ろうとして全体のキャッシュが枯渇するよりも、早めに不採算の品目を切り捨てて経営資源を集中する方が、企業としての生存確率は格段に上がります。
この「何を止めるか」を事前に決めておくことこそが、紙のBCPと「経営OS」の決定的な違いです。紙のBCPは「災害が来たら何をするか」を書きますが、経営OSは「原価がこの水準を超えたら、この商品は止める」「この取引先への依存度がこのラインを超えたら、分散を開始する」という閾値付きのルールを、平時のうちに設計していつも発動できる状態にしておくものです。
7.「この有事で空く市場」を観察する ── 守りだけでは生き残れない
最後に、最も見落とされがちな対策をお伝えします。それは「攻め」の視点です。
原価高騰と供給不安で苦しんでいるのは、あなただけではありません。業界全体が同じ逆風に晒されています。そして、体力のない競合企業は、この局面で徐々に確実に脱落していきます。
脱落した競合の顧客は、どこに行くのか。当然、まだ市場に立っている企業のところに流れてきます。1~6の対策を講じて生存基盤を固めた企業だけが、この「空白市場」を取りに行くことができるのです。
今日やるべきことは、同業他社の動向を注視することです。競合の中に、値上げ交渉がうまくいかずに受注を止めている企業、納期の遅延が常態化しているような企業、そもそも仕入れが確保できずに操業を縮小している企業はないか。もしそうした兆候があるなら、その競合の顧客に対して「当社は安定供給が可能です」とアプローチできる準備を始めてください。
有事は「損失」であると同時に、「市場の再編装置」です。守りだけで耐え忍ぶのではなく、守りを固めた上で、空いた市場を取りに行く。また、有事の際の顧客の悩み事の解決をビジネスチャンスとします。この「攻防一体」の発想が、明日から始まる『有事における中小企業の意思決定入門』シリーズの核心です。
8.おわりに ── 7つの対策と過去シリーズの対応表
本日お伝えした7つの対策は3月2日の緊急解説、および、地政学×意思決定シリーズ(4月1日~7日)で体系的に解説した内容の、実務的な落とし込みです。それぞれの対策が過去のどの記事と対応しているかを、整理しておきます。
【対応関係】
①対策1(原価構造の把握) ── 地政学×意思決定 3日目「原価のトップ3にIF-THENを書き込め」
②対策2(価格転嫁のルール設計) ── 地政学×意思決定 3日目 および 3月2日緊急解説
③対策3(調達先の二重化) ── 地政学×意思決定 4日目「80:20の調達分散を、今日から始めよ」
④対策4(金融機関への先手相談) ── 地政学×意思決定 5日目「手元資金の生存月数を計算せよ」
⑤対策5(取引先との情報共有) ── 地政学×意思決定 6日目「うちは大丈夫が、最も大丈夫ではない」
⑥対策6(止める業務の事前決定) ── 地政学×意思決定 7日目「6日間の部品を一枚に統合せよ」
⑦対策7(空く市場の観察) ── 明日開始の、『有事における中小企業の意思決定入門』で本格的に解説予定
これらの過去記事シリーズをまだお読みでない方は、今の状況を踏まえて読み直すことで、「あの時に書かれていたことが、今まさに起きている」、という実感を持っていただけるはずです。
そして、明日からの『有事における中小企業の意思決定入門(全10日)』シリーズでは、エネルギー・原材料に限らず、人手不足、AI、制度変更、気候、サイバー、キャッシュフロー、そして事業ポートフォリオの再構築まで有事のあらゆる局面で有効に機能する「経営OS」を、10日間かけてインストールしていきます。
今日の7つの対策は、そのOSの、「最初のパッチ」です。まずはここから、1つでも着手してください。
【今日のチェック(3つ)】
(1) 自社の仕入品目のうち石油・ナフサ由来の原材料を特定し、10%値上がり時の粗利率への影響を試算したか。
(2) メインの仕入先が供給停止した場合の、代替先リストはあるか。なければ今週中にリストアップを開始する。
(3) 金融機関に対して、原価上昇シナリオ下でのキャッシュフローの試算を共有できているか。していなければ、今週中に面談を申し込む。
【今日やる一手】
自社の仕入上位5品目を紙に書き出し、それぞれについて「石油・ナフサ由来かどうか」「代替調達先の有無」「過去半年の仕入価格の推移」を記入してください。この1枚の紙が、すべての対策の出発点になります。所要時間は、30分です。この30分が、あなたの会社の「40日分の差」を取り戻す第一歩です。
「わかっている。でも動けない」── その状態が、最も危険です
ここまでの7つの対策をお読みいただいて、「やるべきことはわかった。でも、どれから手をつければいいのか、優先順位がつけられない」「うちの場合、具体的にどの数字をどう計算すればいいのかが見えない」と感じた方もいると思います。
実は1,000社超の支援現場で最も多く見てきたのは、まさにこのような状態です。情報はある。危機感もある。しかし、自社の状況に当てはめたときに「最初の一歩」が定まらず、結局何も動かないまま時間だけが過ぎていく。そして気がついたときには、選択肢そのものが消えている。
有事下で企業が倒れるパターンは、大きく2つあります。1つは、リスクに気づかず何の準備もしないまま直撃を受けるケース。もう1つは、リスクには気づいていたのに、「何をどの順番でやるか」が決められず、結局動けなかったケースです。後者は、情報を持っていただけに、経営者にとって最も悔いの残る結末です。
今回の記事で提示した7つの対策は、どれも「今日から着手できる」ものばかりです。しかし、すべてを同時に進める必要はありません。重要なのは、自社にとって最もインパクトの大きい1つを見極めて、そこから動き始めることです。
その「最もインパクトの大きい1つ」が何なのかは、業種、規模、取引構造、財務状況によってまったく異なります。製造業であれば調達先の二重化が最優先かもしれません。建設業であれば建材の在庫確保と工期の再見積もりが先でしょう。サービス業であれば、エネルギーコストの上昇を織り込んだ価格体系の再設計が急務かもしれません。
もし「自社の場合、7つのうちどれが最も急を要するのか」の判断に迷うのであれば、遠慮なくご相談ください。原価構造の棚卸し、粗利率シミュレーション、価格転嫁シナリオの設計、金融機関向けの資金繰り資料の作成、事業の優先順位整理── これらは、私がこの12年間、中小企業の経営者と一緒にやってきた仕事そのものです。
今日の7つの対策を読んで、「うちの場合はどうなんだろう」と少しでも頭をよぎったなら、それは動き出すべきサインです。40日前に動けなかった分を取り戻す方法は1つしかありません。今日、動くことです。
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