0.はじめに
本記事はnoteの視座編と対になる実務編で、背景と考え方はnoteをご覧ください。
今日のnoteでは、「原価を管理するな。変動幅を設計せよ」というテーマのもと、これまでのように過去の平均原価率を前提に予実を組む発想が、地政学の時代には、もはや機能しにくくなっていることが整理されていました。原価は、努力や我慢だけで何とかする対象ではなく、外部環境の変化によって一定の幅で動くものとして、先にレンジと閾値を置いておく必要がある、というのが今日の核心です。
ここで重要なのは、難しい分析を、完璧に仕上げることではありません。今日、読者の皆さまに取り組んでいただきたいのは、自社の決算書や試算表を手元に置いて、原価のトップ3のうち少なくとも1項目について、If-Thenの原型を作ることです。
最初から、精緻なモデルは不要です。仮置きでもよいので、数字を置くことが先です。なぜなら、数字が置かれていない経営は結局のところ「何となく大丈夫だろう」に依存するしかなく、それは経営ではなく博打に近いからです。
1日目では地政学を「遠い国のニュース」ではなく、自社に流れ込む入力値として見よ、と整理しました。2日目ではその入力値のうち、物流網や供給網という物理的な詰まりに注目し、自社の供給網ストレスチェックを行いました。今日はその次の段階です。
つまり、その詰まりが起きたときに、損益計算書(P/L)のどこが、どれだけ動くのかを見に行きます。
前回の2日目ブログでは、「どこで止まるか」を見ました。今日の3日目は、「止まった時に、いくら損するのか」を設計する回です。そして、この「いくら損するか」が見えて初めて、価格改定、仕様変更、発注見直し、外注再設計といった打ち手が、感覚論ではなく財務的な判断になります。ここが、単なる原価管理と原価OSの違いです。
1.全部を管理しようとせず、原価のトップ3だけに絞ってみる
原価管理の話になると、真面目な経営者ほど、すべての費目を細かく見ようとします。もちろん、その姿勢自体は悪くありません。ただし、地政学変数への対応という文脈では、最初から全科目に手を出すと、ほぼ確実に止まります。
今日やるべきことは、原価の全体像を美しく把握することではなく、外部環境の変化で最も大きく振れ、自社のP/Lを大きく動かす3科目だけを特定することです。
基本的に、入口になる勘定科目は四つです。仕入高、水道光熱費、荷造運賃または物流費、そして外注費です。この四つの中から、自社にとってインパクトが大きい順に三つだけ選んでください。
ここで「三つだけ」というのは、手抜きではありません。経営資源が限られる中小企業にとって、まず重要な変数から先に閾値設計を進める方が、実務としてはるかに合理的です。全部を均等に管理しようとすると、結果的に何も管理できなくなります。だからこそ、最初は三つでよいのです。
たとえば製造業であれば、鋼材、アルミ、樹脂、化学原料などの素材費が仕入高の中核を占めており、そこに国際市況や為替の変動が直撃します。加えて、工場を持っている会社では、機械設備の稼働によって電力使用量も大きくなり、水道光熱費が軽視できません。さらに、部品や半製品を外部委託している場合には、外注費も地政学由来の人件費・物流費上昇を通じて、じわじわ効いてきます。こうした会社では、仕入高と水道光熱費、場合によっては外注費がトップ3になることが多いでしょう。製造業では、仕入高の中身をさらに分解して、「本当に最も動きやすい材料は何か」まで一段掘っていくと、実務上の精度が上がります。
飲食業であれば、まず食材の原価が主役です。小麦、食用油、肉類、コーヒー豆、冷凍食品、酒類など、どこに国際価格の影響が入りやすいかで、重点が変わります。しかも飲食業では、冷蔵庫、冷凍庫、空調、照明などの稼働が止めにくいため、水道光熱費もかなり重い科目です。さらに、テイクアウトや通販を行う業態では、荷造運賃や包材費も無視できません。飲食店の方が、「食材だけ見ておけばいい」と考えるのは危険で、エネルギーコストまで含めて初めて原価OSになります。特に近年は、原材料の値上がりだけでなく、冷蔵・冷凍設備の電気代上昇が利益を削っているケースも多く、食材原価率だけを追っていると経営の実態を見誤ります。
建設業であれば、木材、鉄骨、コンクリート関連、住設機器などが仕入高の中心になりやすく、加えて重機や車両、現場運営に伴う燃料・電力負担も無視できません。さらに近年は、外注先である協力業者側の人件費や資材コストの上昇が、外注費に転嫁されるケースも増えています。つまり、建設業は「材料費」「外注費」「燃料・電力」の三層で効いてくるため、どこが最も利益を削るかを、決算書で確認する必要があります。案件ごとの差が大きい業種だからこそ、年間平均だけでなく、主要案件の採算を崩しやすい科目を見つけることが大切です。
物流業であればこれは比較的わかりやすく、燃料費や関連する光熱費がまず重く、次に外注費や車両関連の整備費、場合によっては荷造運賃そのものの変動が経営上の問題になります。運賃収受側であっても自社の委託コストや燃料コストが先に膨らめば、利益は簡単に吹き飛びます。物流業では、「燃料が上がったら苦しい」と皆が知っていますが、知っているだけでは足りません。どこまでなら吸収し、どこから追加料金や契約の見直しに移るのかを決めているかどうかで、経営の質が分かれます。
一方で、サービス業やIT業では、「原価はあまり関係ない」と見られがちですが、そうではありません。クラウド利用料や外注開発費、オフィスや拠点の電力コスト、出張や移動に伴う交通費、そして賃上げの圧力を通じた外注単価の上昇が、じわじわとP/Lに侵入してきます。サービス業であっても水道光熱費、外注費、物流費に準ずる移動関連コストのどれかは確実に効いています。特にIT・制作・コンサル系では外注費を単なる「人件費の代替」と考えがちですが、外注単価上昇もまた、地政学や物価高を経由した変数の一つです。
重要なのは、全部を見ようとしないことです。今日の時点では三つで十分です。
その三つが決まれば、原価OSは動き出します。
2.三段階の閾値を置く―平時レンジ、警戒レンジ、危険レンジ
トップ3が決まったら、次は各科目について三段階のレンジを置きます。
この三段階が、今日の実務作業の中核です。
レンジは、「平時レンジ」「警戒レンジ」「危険レンジ」に分けます。
言い換えれば、
「今のままで吸収できる範囲」「内部調整で耐える範囲」「価格改定を発動すべき範囲」です。
平時レンジとは、現行の価格設定と利益構造の中で、通常の管理努力で吸収可能な範囲です。このレンジにいる限りは、定例の原価管理と月次確認で足ります。
警戒レンジとは、まだ値上げや価格改定までは行かないものの経費見直し、仕様変更、歩留まり改善、調達先との価格交渉、発注頻度の見直しなど、社内・社外の調整を始めるべき範囲です。
危険レンジとはもはや内部努力だけでは吸収しきれず、事業継続の観点から価格改定、契約見直し、あるいはサービス内容の再設計を発動すべき範囲です。ここで初めてIf-ThenのThenが動きます。
この三段階が必要なのは、経営判断を「平常時か非常時か」の二択にしないためです。多くの会社は、何もしていない平時と、慌てて値上げする非常時の間が抜けています。しかし実際には、その間にある「警戒レンジ」で何をするかが極めて重要です。ここで打てる手を先に打っていれば、危険レンジに入るスピードを遅らせることができますし、危険レンジに入ったときにも打ち手の準備ができています。
本文中に、そのまま使える簡易テンプレートを置いておきます。
| 科目 | 平時レンジ | 警戒レンジ | 危険レンジ | 警戒時アクション | 危険時アクション |
| 仕入高(主力原材料) | 通常水準±許容範囲 | 通常より上昇し始めた水準 | 吸収不能な上昇水準 | 仕様見直し、交渉開始、代替候補確認 | 価格改定通知、条件見直し発動 |
| 水道光熱費 | 現行利益で吸収可能 | 一部経費見直しが必要 | 利益圧迫が明確 | 使用量見直し、省エネ策、運営方法再確認 | 料金改定、運営条件変更 |
| 物流費/外注費 | 通常水準 | 利益率が削られ始める | 粗利を明確に圧迫 | 契約条件再確認、内製化余地確認 | 価格反映、受注条件再設計 |
この表は、最初から正確無比な数字を入れるためのものではありません。
むしろ大切なのは、仮置きでもいいから、数字を入れてみることです。
精度は後から上げれば構いません。ゼロより荒い仮置きの方が、経営上ははるかに価値があります。ここで止まる会社と、仮置きでも前に進む会社では、半年後の経営の質に大きな差が出ます。
たとえば飲食業で、通常の食材原価率が32%の会社であれば、平時レンジを30%から34%、警戒レンジを34%から38%、危険レンジを38%超と仮置きしてみることができます。ここで38%超になったら、もはや店内努力だけでは吸収せず、価格改定か商品の構成の見直しが必要だと決めるのです。
製造業で、主力原材料費が売上比で通常28%前後の会社なら、平時を26%から30%、警戒を30%から33%、危険を33%超、と置いてもよいでしょう。電力多消費型なら、水道光熱費も別途、売上比や前年同月比でレンジを置くことが考えられます。
建設業であれば、材料費や外注費は案件ごとのばらつきが大きいため、売上比ではなく「見積時想定比で何%超過したか」を基準にする方が使いやすい場合があります。たとえば見積時想定比で5%以内を平時、5%から10%を警戒、10%超を危険とするような置き方です。
物流業であれば、燃料費の前年同月比、もしくは1運行当たりコストの上昇幅をレンジにするのも一つの方法です。
サービス業やIT業であれば外注費率やクラウド費用の売上比を基準にして、通常の利益率を明確に削り始めるラインを危険レンジに置くと実務に乗りやすいでしょう。
ここで大事なのは、万能な正解を探さないことです。業種が違えば、使うべき物差しも変わります。むしろ、「うちの業種では、どの見方が一番実感に近いか」を考えること自体が、原価OSを作る第一歩です。
3.「耳の痛い真実」―吸収し続けることは美徳ではありません
ここで一度、かなり重要なことをはっきり書きます。
原価高騰を吸収し続けることは、美徳ではありません。むしろ、従業員の賃上げ原資と将来の投資余力を削り続ける、構造的な自己犠牲です。
「お客様に迷惑を掛けたくない」
「取引先との関係を悪くしたくない」
「値上げは最後の最後まで我慢したい」
この気持ちはよくわかります。しかし、原価上昇をすべて自社でかぶり続けると、その負担は最終的にどこへ行くか。賃上げができない、採用できない、設備更新できない、広告も打てない、教育にも回せない。つまり、会社の未来を削って現在をつないでいるだけです。
前シリーズでも、単価やLTV、価格転嫁の規律について触れてきました。今回の3日目は、それをさらに財務的に言い換えた回です。価格転嫁は気合いや勇気の問題ではありません。原価の変動幅を前提にした、財務的成立条件の問題です。
ですから「頑張って吸収する」「できるだけ我慢する」という発想ではなく、「どこまでが平時で、どこからが危険か」を数字で見て、その線を超えたら動くというOSに変えていかなければなりません。
だからこそ価格改定を「気まずいお願い」として扱うのではなく、危険レンジに入ったら発動する合理的なルールとしてOSに書き込む必要があります。ここが曖昧なままだと、値上げはいつまでも感情論になり、最後は経営者が自分で自分の首を絞めることになります。
4.価格改定の発動ルールを先に決める
危険レンジを超えたときに何をするかが決まっていなければ、閾値を置いた意味は半減します。ここで必要なのは、「誰が」「何を」「どのタイミングで」動かすかを、事前に決めておくことです。
たとえば、主力原材料費が危険レンジに入ったとき、社長が翌営業日までに価格改定の方針を決め、営業責任者が主要取引先へ通知し、経理担当が利益のシミュレーションを更新する、といった流れを簡単に決めておきます。
ここを曖昧にすると、危険レンジに入っても、「どうしようか」と会議だけして時間を失います。逆に、発動ルールが決まっていれば危険レンジは不安ではなく、単なるスイッチになります。
ここで重要なのは、価格改定を「謝罪」ではなく、「合理的な通知」にすることです。値上げはお願いではありますが、論理の組み立て方まで卑屈になる必要はありません。危険レンジに入ったということは、もはや現在の価格では持続的供給が難しい、ということです。ならば、その事実を正しく伝えればよいのです。
価格改定通知の型も一つだけで構いませんから、今日、原案を作っておくことをお勧めします。たとえば、次のような表現です。
「昨今の原材料価格の高騰に伴い、当社の経営上、持続的な供給が可能な域を超えました。つきましては、単価の改定をお願い申し上げます。」
この表現のポイントは、謝罪に寄り過ぎていないことです。
根拠を「外部環境の変動」と「持続的供給の必要性」に置いており、感情論ではなく、事業継続の合理性として伝えています。さらに、取引先にとっても「供給が続くこと」は利益であるため、対立構造にしすぎず、利害の共通項に着地させやすい形です。
もちろん、業種や取引慣行によっても、文面調整は必要です。しかし重要なのは、危険レンジに入った後で慌てて考えないことです。雛形が一つあるだけで、危機時の意思決定速度は大きく変わります。
価格改定の依頼書や通知文は、最初から完璧でなくても構いません。まずは1本の型を作り、必要に応じて相手先や業界慣行に合わせて修正すればよいのです。
5.最初の数字は、荒くて構いません
ここまで読むと、「結局、うちの数字を、どう置けばよいかわからない」と感じる方もいると思います。
ですが、ここで止まらないでください。最初の数字は、荒くて構いません。平時レンジも、警戒レンジも、危険レンジも、最初は仮置きでよいのです。
なぜなら、経営において本当に危険なのは、数字が少しずれていることではなく、そもそも閾値が存在しないことだからです。閾値がなければどこまで耐えるのか、どこから切り替えるのかが曖昧なままになります。すると、原価上昇が起きるたびに、その場の感覚と空気感で意思決定するしかなくなります。それは再現性のない経営です。
最初は、「売上比でここを超えたら危険」「前年比でここまで上がったら危険」という、雑な置き方でも構いません。重要なのは、その数字が意思決定のきっかけになっていくことです。運用しながら、四半期ごとに見直せばよいのです。
つまり精度の高い最初の一歩を目指すのではなく、動ける最初の一歩を作ることが優先です。この考え方は、1日目で確認した、If-Thenの思想ともつながっています。完璧な計画ではなく、まずスイッチを置く発想を、今日は原価に適用しているだけです。
6.今日のOSアップデート
今日の宿題は一つです。
原価トップ3を特定し、それぞれ+10%で利益がどう吹き飛ぶかを計算してください。 その上で利益が明確に減るラインを、危険レンジとしてシートに仮置きしてください。
ここで重要なのは、「利益がどれだけ削られるか」を一度きちんと見ることです。売上が同じでも、原価が10%動くだけで利益がどれだけ圧縮されるかを数字で見ると、多くの経営者は初めて危機の解像度を持ちます。
ここまでできれば、3日目の目的は達成です。
完璧なモデルは不要です。危険レンジが一つでも置けた時点で、あなたの会社の原価OSは動き始めています。
7.おわりに―伴走支援のご案内
ここまで読んで、「考え方はわかったが、自社の原価構成に、どう当てはめればよいか迷う」という方も多いと思います。
それは自然な反応です。原価の感応度分析は、数字の問題であると同時に、業種特性、商流、価格慣行、顧客との関係性まで絡むため、経営者が一人で抱えるには負荷の高いテーマです。実際に自社へ当てはめる段階では、第三者と一緒に整理した方が早いことも多いです。
私は、経営者の意思決定と実行を、伴走型で支援しています。具体的には、どの変数がどれだけ動けば何%利益が削られるかという原価構成の感応度分析、そして、取引先が受け入れざるを得ない形で根拠を整理する価格改定のロジック構築を、一緒に進めています。
「うちの原価トップ3はどれかを整理したい」
「危険レンジをどこに置けばよいか相談したい」
「価格改定の説明資料や通知文の型を作りたい」
そうした場合は、ぜひお問い合わせください。
ご相談をご希望の方は、お問い合わせフォームよりお申込みください。
※対象:原則として、設立3年以上(最低2年以上)・従業員10名以上(5名程度から応相談)の法人様とさせていただいております。(初回1時間無料)
次回4日目は、原価変動の根本原因に切り込みます。
テーマは「アクセスの多極化」です。特定の国、特定のルートに依存した調達構造そのものを、どう再設計するかを扱います。
今日が「止まったら、いくら損するか」の設計だとすれば、明日は「そもそも、止まりにくい構造をどう作るか」の話です。